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嗅覚メカニズム [olfaction mechanism]
匂いや香り(以下香りとする)を感じとる嗅覚のしくみのこと.香りを感じとる場所は、鼻の鼻腔内の天井部にある5 cm2くらいの広さの嗅上皮で、香りを感じとる嗅細胞が、ヒトの場合で約1000万個存在する.その寿命は短く、30〜35日で細胞分裂によって新しいものになる.嗅細胞の先端には数本の繊毛がアンテナのように生えていて、鼻の粘膜層の中にあり、粘膜層は繊毛で埋めつくされている.香りのもとである化学物質が空気中を漂い、鼻に入り、粘膜層に引っかかり、繊毛部分にある受容タンパク質にキャッチされ、受容タンパク質を刺激する.香りの化学物質を受け取った受容タンパク質は形を変えながら、隣にあるGタンパクを刺激し、活性化させる.活性化したGタンパクはさらにアデニル酸シクラーゼを活性化し、細胞内にあるアデノシン三リン酸(ATP)を環状アデノシン一リン酸(cAMP)に変換する.産生したcAMPは嗅細胞の膜にあるイオンチャネルに結合しイオンチャネルを開ける.そして細胞内に陽イオンが入り、細胞に電気が生じる.香り成分の化学情報が電気的な信号に変換されたことを意味し、この電気信号は嗅球に送られる.嗅球には糸球体があり、嗅細胞と脳のニューロンを結んでいる.特定の香りで活性化される糸球体が決まっており、その反応の仕方で脳は何の香りかを判断する.香り物質の種類によっては、cAMPでなく、イノシトールトリスリン酸(IP3)を経由するものがある.フェロモンを受容する鋤鼻器官(じょびきかん、ヤコブソン器官)では、IP3主体である.また、鼻粘膜上皮層に接して存在する三叉神経*系の働きは、冷感、温感、痛覚や触覚の情報とともに、アンモニア、酢やアルコールなどの匂い情報を、嗅細胞とは別経路で脳に伝える.香りを感じとる嗅球は、脳のうち本能的な部分をつかさどる大脳辺縁系に結びついているため、嗅覚には脳を介さずに、評価が下されることがある.この状況は視覚的なものが脳の判断を介して評価されることを考えると特異なことであって、このことから、“嗅覚が本能的な情動に左右される”といわれるのである.(浅越亨)