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浸透促進剤 [penetration enhancer、 absorption enhancer]
経皮吸収促進剤ともいう.肌に塗られた薬効成分の効果発現を高めることを目的とした、薬効成分の皮膚浸透性を改善する物質、基剤のこと.
経皮吸収(percutaneous absorption,transdermal absorption)
皮膚に塗られた成分は、角層、表皮、あるいは毛包などの付属器官を経由して真皮に達した後、血管から吸収される.この現象を経皮吸収という.経皮適用には、薬剤の血中移行を目的とした全身適用と、皮膚およびその近傍部位での局所濃度を高めることを目的とした局所適用がある.とくに局所適用を目的とする場合、経皮適用・投与法は、経口投与や血管内投与などの全身投与と比較して、目的とする皮膚近傍の部位に薬剤を高濃度に到達させることが可能である.また、全身循環系への移行が少ないことから他組織や臓器への影響が少なく、副作用の発現が少ないなどの利点があげられる.経皮局所適用は、湿疹、皮膚炎をはじめとする各種皮膚疾患に用いられているが、美白剤や肌荒れ改善剤などの皮膚をターゲットとする有効成分が配合されている化粧品、とくに医薬部外品においても有効な適用法であるといえる.
角層浸透のバリア機能
皮膚の最外層にある角層は、外界からの物理的・化学的刺激から生体内を防御するバリア機能を有している.皮膚から角層を除去すると、物質はほとんど抵抗なしに真皮に達し、血管に吸収されることから、角層は皮膚浸透における律速的バリアとして機能しているといわれている.また、角層を構成する脂質の溶媒中に皮膚を浸漬すると物質の透過性が増加することから、角層浸透におけるバリア機能は、おもに角層細胞間脂質が重要な役割を果たしていると考えられている.なお、薬剤の角層浸透速度dm/dtに影響を与える因子は以下の式で与えられる.
dm/dt=DC0K/l
ここで、mは角層を均質なバリア膜とみなした場合の単位面積あたりの累積膜透過量、C0は基剤中の薬剤濃度(一定に保たれる場合)、Dは薬剤の角層内拡散係数、Kは薬剤の基剤/角層の分配係数、lは膜の厚さである.
作用メカニズム
浸透促進剤は物質透過に対する角層のバリア抵抗を軽減するために用いられる.浸透促進剤には、角層成分に浸透・相互作用することによって薬剤の角層内の拡散(D)を高める物質、薬剤の基剤親和性低下や角層親和性向上により、薬剤の角層中への分配(K)を高める物質などがある.以下に浸透促進のメカニズムとおもな浸透促進剤の例を示す.
(1)脂質相互作用
角層脂質と相互作用し、脂質膜の構造変化や流動性を高めることで、角層内の薬剤の拡散係数を増加させる.AZONE、テルペン類、脂肪酸、脂肪酸エステル、界面活性剤、アルコール類など.
(2)タンパク質相互作用
角層細胞内のケラチンタンパク質と相互作用し、タンパク質の高密度構造を緩めることで角層内の薬剤の拡散係数を増加させる.ただし、角層細胞内に浸透するルートは通常あまり重要でないと考えられている.ジメチルスルホキシド(DMSO)、イオン性活性剤など.
(3)角層分配性の改善
角層に浸透した溶媒が、角層内の化学的環境や溶解性を改善することで、薬剤の角層への分配を高める.水、エタノール、プロピレングリコール、脂質相互作用物質など.
必要条件
浸透促進剤に求めるべき性質として、①薬理学的に不活性であり、皮内および体内のレセプターに作用しないこと、②毒性、刺激性、アレルギー性が低いこと、③浸透効果と持続性の予測、および適切なコントロールが可能であること、④薬剤が皮内に浸透、機能した後は、皮膚のバリア性が完全に通常状態に回復すること、⑤体内の水分、電解質、内因性物質の消失を起こさないこと、があげられる.とくに化粧品製剤で浸透促進剤を用いる場合には、たとえば保湿剤は角層内へ、薬剤は表皮以下へとその薬効成分の目的に応じて浸透・貯留させる、皮膚に不要な物質の浸透は極力抑制する、といった浸透コントロールを行い、安全性に最大限配慮することが重要である.(武岡永里子)