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皮脂 [sebum、 skin surface lipid]

皮表脂質ともいう.狭義では脂腺由来の脂質をさすが、広義では、脂腺由来脂質とケラチノサイト(表皮角化細胞)由来の脂質が混じった、皮膚表面に存在する脂質をさす.脂腺由来脂質には、トリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリド、遊離脂肪酸、スクワレン、ワックスエステルが、またケラチノサイト由来脂質からコレステロール、コレステロールエステルがある.皮脂の存在意義はかならずしも明らかになってはいないが、皮膚の保護作用、緩衝作用、殺菌作用などがあるとされている.保護作用については、皮膚表面からの水分の過剰な蒸散を防ぐとともに、外部からの異物の侵入を防ぐと考えられている.しかし過剰な皮脂は有益な作用よりも美容上のトラブル(てかり、べたつき、化粧くずれ、面皰*(めんぽう)やにきびの発生など)の要因となることから適切なオイルコントロールが必要となる.
皮脂量
皮脂の中で脂腺由来の脂質は皮脂量の約95%を占め、残り約5%が表皮由来である.皮脂量には大きな個人差があるとともに、皮脂量に影響する因子としては、性、年齢、部位などがある(図1).このほかに食事、ホルモン、生体リズム、体温、気温などにも影響される.皮脂量の主成分である脂腺由来の皮脂は、個人差、部位差が大きいが、2.0〜0.1 mg/cm2・min程度排出され、皮表には通常0.4〜0.05 mg/cm2程度の皮脂量が存在するという.皮膚における脂腺の数は通常100個/cm2以下であるが、脂漏部位では400〜900個/cm2と多くなり、脂腺も大きい(図2).なお、手掌、足底には脂腺が欠けているので、この部位の皮脂は外部からの付着とケラチノサイト由来のものである.皮脂はその存在様式により以下のような用語が用いられる.
①全飽和皮脂(量)(true saturation level):皮表脂質が偶然にでもぬぐわれないように保護された状態での皮表脂質(量)
②平常皮脂(量)(casual level):日常存在する皮表脂質(量)
③保留脂質(reservoir lipid):毛包管に貯留している脂質
④回復皮脂(量)(replacement lipid):皮表脂質を除去後、一定範囲において、一定時間内に排泄される脂質(量)
⑤保持皮脂(量)(retained level):皮表をぬぐっても残存している皮表脂質(量)
皮脂の組成
皮脂の組成と各成分の概要を次に示す(表).
(1)トリグリセリド(トリアシルグリセロール)
皮脂の主要成分(平均で皮脂の40%程度)で、グリセリン(グリセロール)に3分子の脂肪酸が付加したエステルである.脂腺ではトリグリセリドとして合成されるが、脂腺から毛包を経て皮表に排泄される過程で順次分解され、脂肪酸が2分子になったジグリセリド、さらに脂肪酸が1分子のモノグリセリドを経てグリセリンになる.この分解は脂腺導管や皮膚常在菌中の分解酵素(リパーゼ)が触媒する.そのため皮表脂質にはトリ、ジ、モノのグリセリドとともに遊離脂肪酸が混在している.
(2)遊離脂肪酸
皮膚表面に存在するものには、角層細胞間脂質由来のものと、遊離脂肪酸として排泄されたものと、トリグリセリド、コレステロールエステル、リン脂質などの脂質が排泄の過程で分解して生成したものがある.皮表脂質中の結合型、遊離型を含め、脂肪酸の組成の構成については個人差が非常に大きいが、その中でパルミチン酸、パルミトレン酸、オレイン酸が比較的多く、それら3種の脂肪酸で全脂肪酸中の約60%を占める.にきびでは皮脂量が増加していることは以前から知られていたが、量だけでは発生因子とは考えられなかった.ところが近年炭素数が2〜16の脂肪酸の起炎性が調べられ、炭素数が8〜14、とくに炭素数12〜14の脂肪酸に強い皮膚刺激作用があることがわかった.また、皮表脂質の面皰形成促進作用が、炭素数10〜18の脂肪酸に認められた.このように皮脂の成分がにきびにおける毛包の炎症と面皰形成に関連することが明らかになってきた.
(3)スクワレンイソプレン
単位が六つ重合した特異的な炭化水素.生体内ではスクワレンは酢酸からつくられ、閉環反応でステロール骨格となり、その後の代謝過程を経てコレステロールとなる.スクワレンは生体では中間代謝物であるため微量であるが、皮表脂質には成人で約12%程度含まれ比較的多く存在する.これは、脂腺細胞では、スクワレンはその後の代謝は受けず、終末代謝産物であるためである.スクワレンは融点が低いため流動性が高い成分である.
(4)ワックスエステル
高級脂肪酸高級アルコールとエステル結合したもの.思春期を過ぎると皮表に多く検出される.皮表脂質のうち脂腺由来の脂質であり、その組成は、高級脂肪酸の炭素数は28〜38、高級アルコールの炭素数は18〜72ときわめて多様である.このような炭素数の組成の多様性が皮表脂質の性状(液状〜固形状)に影響する一因とも考えられている.
(5)コレステロール、コレステロールエステル
脂腺が全分泌腺であるため、細胞の構成成分であるコレステロールやその脂肪酸エステルが皮脂中に2%程度検出される.皮表脂質におけるコレステロールやそのエステルのほとんどはケラチノサイトに由来すると考えられている.なお、コレステロールはケラチノサイトの角化とともにエステル型が増加することが知られている.
皮脂の酸化(oxidation of sebum)
皮脂(皮表脂質)が酸化され過酸化脂質が生成すること.皮表では脂腺から分泌された皮脂を主成分とし、皮脂膜を形成して皮膚を覆って保護作用を行っている.しかし、皮脂成分は絶えず外界にさらされているため、紫外線や大気中の酸素の影響を受けて酸化され、過酸化脂質ができやすい状態にある.過酸化脂質生成の最初のターゲットとなっているのが皮脂成分の一つであるスクワレンで、これが過酸化反応でスクワレンモノヒドロペルオキシドになることが皮脂の酸化の最初のステップになる.紫外線はこの過程を促進する作用があり、また加齢によって皮脂中の過酸化脂質量が増加することも確認されている.過酸化されたスクワレンは、ラジカルとしてほかの脂質の過酸化反応を促進することになり、脂質の過酸化反応はドミノ倒しのように連鎖的に進行する.酸化した脂質は、肌状態を悪化させ肌荒れ状態を引き起こすばかりか、皮膚内に酸化反応の連鎖が伝わることにより、ケラチノサイトや真皮にも悪影響を及ぼす.皮脂の酸化は皮膚老化を促進する要因といわれる.(北村謙始)

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